ドラえもんはいつ生まれるの?

 勉強は嫌いだ。でも、ニケほどに全否定をしようとは思えない。これだけ僕たちは必死で勉強しているのだから、それが無駄だなんて信じたくない。

「やっぱりおかしいよ。みんなが勉強して能力を身につけたら、テクノロジーが進歩して社会が豊かになるんじゃないの? AIやロボット、自動運転車なんかも発明されて、これからどんどん労働がなくなっていくって言われているし。それはみんなが勉強を頑張ったおかげじゃない? それとも『学校なんてなくなってしまえばいい』ってニケは言いたいの?」

「たしかに、ある程度は勉強は大切や。なにも俺は『読み書きができなくても構わん』とは言わへん」

「じゃあ・・・」

「でもな。さっきも言うた通り、高校とか大学の勉強なんか誰も覚えてへん。それに、ほんまにみんなが勉強したら社会が豊かになると思うか?」

「そりゃあ・・・」

 僕はそうだと教わってきた。昔は学校がなくて勉強できる環境がなかったから社会が停滞していたのに対し、いまは義務教育があって、大学もあって、勉強できる環境だから社会が成長している、と。

「じゃあな、現代は教育にかけられるお金は右肩上がりやけど、経済成長してるか?」

「それは・・・」

 していない。「不景気だ」と大人はみんな口にする。

「逆に大卒がほとんどおらんかった時期の方が高度経済成長期なんて言われてるで?」

「それは、他の原因もあるんじゃないの? それに経済成長していないとしてもAIとかロボットみたいなテクノロジーが発展しているのは事実だし」

「あー、少年はまた大人の言うことに騙されてるんやな」

 ニケは「やれやれ」といった素振りを見せる。芝居がかった素振りにも、だんだん腹が立ってきた。

「騙されてるって・・・僕だけじゃなくて大人もそう思ってるんじゃない?」

「せやな。大人も騙されてる。でもな、AIとかロボットがほんまに人間の代わりになると思うか?」

「え? だって、テレビでもよく言ってるよ。『AIやロボットが仕事を奪う』って」

「よく考えてみ? ファミレスで配膳ロボットを見たことあるか?」

 友達とファミレスに行き、はじめてあのロボットを見たときの興奮を思い出す。すべてがオートメーション化された未来社会の入り口に、自分が立っているのだという興奮を。

「あるよ。すごいよね、あれ」

「せやろ。あれは上手いこと使えば配膳だけやったら代替してくれるかもしらん」

「ほら、やっぱりテクノロジーが発展してるんじゃん」

「でもな、ファミレスの仕事は配膳するだけじゃないやろ? ゴミが落ちてたら拾わなあかんし、ドリンクバーも補充せなあかん。テーブルを拭いたり、食器をさげたり、トイレを掃除したり、子どもが来たら子ども椅子を用意することもあるやろなぁ」

「それは・・・そうだね」

 あの日のファミレスでも、結局、店員たちは慌ただしく働いていたっけ。

「ファミレスの仕事といっても、配膳だけをやるわけじゃない。いちいち注目されないような細かい作業はいくらでもある。それらぜんぶをロボットにやらそうと思ったら、ドラえもんくらいの性能は必要やろうなぁ」

「でもさ。お客さんが食器をさげて、テーブルを拭けば、ほとんど代替できるんじゃない?」

「それはほんまに代替したって言えるやろか? 単にお客さんが自分でやってるだけちゃうか?」

「まぁ・・・そうだけど」

「自動運転も同じや。いまのところ自動運転車は高速道路くらいしかまともに走られへん」

「でもさ、高速道路まで人間が運んであとは自動運転すれば、かなり代替できるんじゃない?」

「そうかもしらんが、それって鉄道で運ぶのとなにが違うんや?」

「あ・・・」

 言われてみればそうだ。

「それにな、ドライバーの仕事も、単に車を運転するだけじゃない。荷物の状態をチェックしながら積み込んだり、配達先でおろしたり、トラックの簡単なメンテナンスをやったり、雨が降ったらカバーをかけたり、無数の仕事がある。これも完全に代替しようと思ったら鉄腕アトムがいるやろなぁ」

「でも・・・」

 納得できない。まるでロボットを開発する人たちの仕事が無駄だとバカにされているようじゃないか。

「それでも、少しでも配膳の仕事が減ったのは事実じゃない? それは社会にとっていいことじゃないの?」

「せや。でも、ロボットを組み立てて、プログラミングして、使った後に拭いて、メンテナンスする仕事も増えたな」

「それは・・・失業する人が出ないからいいことなんじゃないの?」

「あんな、それはダブルスタンダードや」

「ダブル・・・?」

「少年は『ロボットのおかげで仕事が減っている』と言った。そのあとに『失業する人が出なくなるのはいいこと』とも言った。いったい少年は仕事を減らしたいのか、増やしたいのか、どっちなんや?」

「えっと・・・」

「世の中の大人も言うんや。『AIやロボットで仕事が減らせました』って。ほんで実際には大して減らへんことがわかったらこう言う。『新しい雇用が生まれました!』ってな。結局仕事を減らそうとしたのに失敗して、それを言い繕ってるだけや。実際に労働時間は大して減ってへん」

 たしかに、大人たちはずっと働いていて、労働時間が減る気配はない。お父さんは九時より前に帰ってくることはないし、お母さんはずっとイライラしながらパートに出かけている。

「だから最初に言ったやろ? 『AIやロボットが仕事を奪う』っていうのは『天の川で水遊びできたらいいなぁ』っていうくらいのお花畑発言やねん。テクノロジーなんか大して進歩してへん。5Gとかビットコインがどれだけ『世界を変える!』って言われてたか覚えてるか? 今となってはもう誰も覚えてへんやろ」

 そういえば昔はしょっちゅうCMしてたっけ? いまは・・・

「でも最近は文章を書いてくれるAIなんかも登場したし・・・」

「文章は飯つくってくれへんし、家も建ててくれへんやろ? あれはハンドスピナーみたいなもんで、数年経ったら忘れ去られるオモチャや」

 そういえばあったな。ハンドスピナー。小学生の頃よく遊んだっけ。

「要するにな。みんなが勉強を頑張ったらテクノロジーが発展して社会が豊かになるっていうのは幻想や。実際は、みんなが椅子取りゲームと穴掘りゲームに夢中になって、どんどん消耗しているだけや」

「それでも、スマホやゲームはどんどん性能がよくなってるよ? それはテクノロジーの発展って言えないの?」

「まったく発展してないとは言わん。でも、最近のスマホのCMを見て発展してると感じるか? 『カメラが一個増えた』くらいしかアピールポイントがなくなっとるで」

 言われてみれば、最新機種が登場しても「前となにが違うの?』と感じることばかりだ。

「だとしたら、僕たちはどうして『テクノロジーが発展してる」って信じてるの?」

「それはいろんな理由があるけど、一つだけ答えよか。この社会でお金を集めるためには政治活動に取り組まなあかん。つまり、ものを売らないとあかんやろ?」

「そうだね」

「AIをつくる会社が『うちの商品は大したことないんですけど、買ってくれますか?』なんて宣伝すると思うか?」

「・・・しないね」

「せやろ。大したことないものしかつくられへんかったんやとしてもな、やたらめったら宣伝せなしゃーないねん。マーケティングとか、ブランディングといった言葉は聞いたことはあるか? データサイエンスはどうや?」

「なんとなくは・・・」

「まぁわからんかったら調べてくれ。ああいう領域は目まぐるしく進歩してる。みんな政治活動のために一生懸命勉強してるからや。その結果、テクノロジーの発展は大袈裟に騒ぎ立てられてるけど、実際には社会全体はたいして豊かになってへん」

 みんなが勉強しても椅子取りゲームをしているだけであってテクノロジーは発展していない。社会は豊かになっていない。ニケの話はにわかには信じられないけれど、真っ向から否定することは僕にはむずかしい。

「そうやってみんなが宣伝することに消耗してるから、本当に重要なテクノロジーの開発に手をつける人が減ってるわけや。逆に、金儲けに割かれるエネルギーをテクノロジーの開発に費やせば、火星旅行でも、タイムマシンでも実現できると俺は考えてる」

「そうなの?」

「たぶんな。その根拠はあるんやけど、まぁそれはええわ。ともかくこのままいっても、AIやロボットで労働が代替されることはない。労働は別の方法で撲滅せなあかん」