八十億総ニート
お金がなく、労働がない世界。もしそんな世界が本当に実現したら、僕はなにをするだろうか? お父さんやお母さん、学校の先生や友達はなにをするだろうか?
いや、それよりも、本当にそんな世界があり得るのだろうか?
「本当にそんな世界が実現できるの? やっぱりお金も労働も必要だから存在してるんじゃ・・・?」
「そんなわけあるか。その理屈で言うたらな、世の中をなにも変えられへんやろ?」
「どういうこと?」
「奴隷制は必要やから存在してたんと違うか?」
もちろん、そんなはずはない。奴隷制なんて必要ない。でもかつては、実際に存在していた。それはつまり・・・誰かが声を上げて変えたということだ。
「それでも、そんな簡単にはいかないはずだよ!」
「たしかに簡単ではないと思う。当時は『奴隷制がなくなったら社会が大変なことになる』ってみんなが口にしていたもんや。でも実際にやめてみれば必要なかったことがわかった。労働もお金も同じや」
「そんないい加減な・・・」
「もちろん、未来のことはわからんで。でもな、俺は労働もお金もなくなった未来を確信してるんや。そうじゃないなら・・・」
「そうじゃないなら?」
「俺が少年にこんな話をする意味はないんや」
「どういうこと?」
「アンチワーク哲学には未来を変える力があるんや。でも俺には変えられへん」
「ニケじゃないなら・・・僕が未来を変えるってこと?」
「そう・・・少年は未来を変えられるんや」
学校をさぼって公園で昼寝していただけの僕が、未来を変える? ニケはいったいなにを言っているのだろうか?
バカバカしい! そんなことができるはずがない!
「僕がそんなことできるわけないじゃん! 僕みたいな怠けものが『労働は悪』だなんて言っても、働きたくない奴の言い訳にしか聞こえないよ」
「でも、少年は怠けものじゃないで?」
「どうして? 僕は学校もサボってるし、働きたくないと思ってるよ」
「言ったやろ? 労働は悪やねんから、働きたくないと思うことは正しいことなんやって。それにな、少年は一円の得にもならんのに俺と議論してくれた。より良い世界がどんなものなのかを一緒に考えてくれたやろ? それは少年が世界のために貢献したいと思ってるって証拠や」
「僕が世界に貢献しようとしている・・・?」
「そう。そして、この議論は少年にとって楽しいものやった。俺も楽しかった。二人も楽しい思いをしたんやったら、それ自体が世界に対する貢献なんや」
「でも、僕らだけが楽しんでいたって仕方ないんじゃ・・・」
「ええか。社会っていうのは一人ひとりの人間が集まってできてる。少年が議論に夢中になる姿を見て、同じようにみんながなにかに夢中になったら、それだけで世界から労働は消えていく。世界は変えられるんや」
「そうかもしれないけど、そんなことになれば・・・」
「また、『誰も貢献しなくなる?』か? 少年は俺にティッシュをくれたし、飢えた子どもにお菓子をあげると言った。頑張ってる労働者を悪く言ったら『かわいそう』と言った。それは少年が『誰かが苦しんでいたなら救いたい』と思ってるってことやろ?」
「僕は、人を救いたいと思っている・・・?」
「そう。逆に救わないでいることの方が苦しいんや。飢えた子どもにお菓子をあげずに素通りしたら、後ろめたいんやろ?」
「それは・・・」
「人間ってのは助け合わずにはいられない生き物なんや。助け合うことが好きで好きで仕方ない生き物なんや。ほな、労働なんかやめて好きに助け合えばええ。みんなが必要やと思うなら、絶対に誰かがなんとかしてくれるはずや」
「労働をやめて、好きに助け合う?」
「そう。それはつまり八十億人全員がニートになるってことや。ようやく俺が言いたいことが伝わったんとちゃうか?」