価値を比較する理由
「たしかにお金の管理には手間暇がかかっているよ。でも、やっぱりそれだけのメリットがあるんじゃないの? お金がないと、なにがどれくらいの価値があるかもわからないし、どうやってものを交換したらいいのかもわからないし・・・」
「価値を比較したいってことか?」
「まぁそうだね」
「考えたことあるか? 『なんで価値を比較する必要があるか?』って」
「え?」
「比較するってことは得したいとか、損したくないって思ってるってことやろ?」
「え、そうなの?」
「そもそも価値ってなんや?」
理解が追いつく前に、質問を畳みかけられて頭がパニックになりそうだ。価値とはなにか? なんなんだろう?
「えっと・・・」
「冷静にいこか。お金はなにを買うためにある?」
「えっと、商品やサービス?」
「そう。ほんで商品は他人の貢献の結晶であり、サービスは他人の貢献そのもの。ここまではええな?」
「・・・そうだね」
「つまり、お金が体現する価値っていうのは他人を貢献させる力ってことや。貨幣権力説って話を覚えてるか?」
貨幣権力説。たしか、お金は他者を強制的に貢献させる権力っていう話だっけ?
「そして、価値を比較するっていうのはどういうことや?」
「えっと・・・」
「まず、労働者は貢献の対価としてお金を受け取る。そして、そのお金を使って誰かを貢献させるわけや」
「うん」
「価値を比較するということは、『自分はできるだけ貢献せずに、他者を貢献させたい』とか『せめて、自分ばかり貢献するようなことはしたくない』って考えてるってことやろ? でなきゃ比較する必要があるか?」
「まぁそういうことになる・・・のかな?」
頭の中で迷子になりそうになる。
「でもな、もし人間にとって貢献が欲望の対象なんやったら比較する必要はないやろ?」
「お金で測ったりせずに、好きなだけ貢献して、好きなだけ貢献を受け取ればいいってこと?」
「せや。損って感じるのはな、やりたくないからやろ?」
わかったようで、わからない。
「むずかしいなら、ちょっと思考実験をしよか。少年がゲームをすればするだけお金がもらえる世界があったとしよう」
「なにそれ、最高の世界だね」
「ただし、その世界のお金の使い道は一つしかない」
「それは?」
「誰かにゲームをさせることや」
「え?」
「誰かに命令されて少年はゲームを一時間やる。そうすれば、少年は千円もらえる。そしてその千円を使って少年は別の誰かにゲームをやらせる。こんな世界があったとしよう」」
ちょっとよくわからない設定だが、もう少し辛抱してみよう。
「その世界では人間はゲームが大嫌いで、かつ、他人にゲームをやらせることでしか喜びを感じない性癖を持っていたとしよう」
さらに訳のわからない設定が登場したが、まだ我慢しよう。
「・・・うん」
「その世界でお金がなかったらどうなる?」
考えてみる。人は他人にゲームをやらせることが快感なんだっけ?
「お金がないなら、誰かにゲームするように『お願い』するだろうね」
「せやな。でもみんなゲームをやりたくない。渋々やってくれる人もおるかもしらんけど、そういう人も『俺はこんだけゲームしたんやから、お前もやれよ』みたいなことを言い出すやろな」
「そうだね。で、人にやらせるばっかりで、全然自分はゲームをやらない人も出てくるだろうね」
「せやな、ほんならこう言い出す奴がおるかもしらんな。『誰がどれだけゲームをやったのかを数値化しよう。そして、その数値と引き換えにすることで誰かにゲームをさせられることにしよう』と。そうすれば、誰か一人ばっかりがゲームをやらされたり、誰かがサボったりすることもなくなる」
だんだんニケの言いたいことが見えてくる。
「それはつまりお金だよね?」
「そう。こういう状況なら、たしかにお金は必要や」
「もし、本当にそんな状況ならね」
「そう。現実はそうじゃない。少年はゲームが好きで、みんなも好きなんや。なら、ゲームをやってお金をもらう必要もないし、誰かにゲームをやってもらうためにお金を払う必要もない。つまりお金は必要ない。さて、俺がなにを言いたいかわかってきたやろ?」
「うん。貢献がゲームみたいに楽しいことなのなら、お金みたいなものでいちいち測定したり比較したりする必要がないってことだよね」
「命令によって貢献が苦行になってしまったって話はしたな? なら、ベーシックインカムによって命令に従う必要がなくなったなら、人は貢献そのものの喜びを思い出す。そして、そうなれば、お金がなくても貢献することにみんなが気付きはじめる。そして・・・」
「お金が必要なくなる?」
「俺はそうなると見込んでいる。まぁベーシックインカムがあればお金の強制の側面は弱まるから、それだけでも労働はほとんど骨抜きになる。でも強制力は完全になくなるわけじゃないし、銀行といった管理の手間も依然として残ったままや。だったらお金そのものがなくなってしまう方が効率がいい。そうすれば労働はこの世から完全に廃絶されるはずや」