お金を稼ぐのは偉くない
「ことあるごとに僕に検索させようとするよね、ニケって」
「当たり前やろ。情報リテラシーは大事や」
「本当は覚えていなかったり、説明するのがめんどくさいだけじゃないの?」
「それもある。めんどくさい」
ニケは、嫌味を言われても悪びれることなく自分の非を認めようとする。もしかすると「めんどくさい」を「非」とすら思っていないのかもしれない。
「ところで、ここで問題や。経済活動に携わっている人と、政治活動に携わっている人、どっちが金持ちやと思う?」
「んーどうだろ。農家や保育士、トラック運転手みたいな人たちがお金持ちっていうイメージはないし、営業とか広告に携わっている人の方がお金持ちのイメージがあるなぁ」
「せや。この社会では政治活動をやった方が金持ちになれる傾向にある。言い換えれば、金を稼いでいるからといって、社会の役に立っているとは限らん。金を稼いでいるから偉いわけではないんや」
「でも、お金を稼いでいる人は尊敬されているよね? 本当にお金を稼いでいる人が役に立っていないなら、尊敬されないんじゃないの?」
「それはな、単なる勘違いや」
「勘違い?」
「そう。『お金は社会に対する貢献度を測定している』っていう勘違いやな」
「貢献度を測定しているんじゃないの?」
「違う。そもそも貢献度なんて曖昧なもん、どうやって測定するんや?」
少し考えてみる。どうやって測定すればいいんだろう? 体重計みたいに「貢献度計」が存在するわけでもないし・・・
「えーっと、それは・・・」
「たとえば一時間ゲームをやって十万円の投げ銭を得るゲーム実況者がいるとしよう。その人は時給千円でトイレ掃除する人の百倍の時給をもらってるわけや」
頭の中で計算をしてみる。暗算は苦手だが、なんとか理解が追いついた。
「・・・うん、そうだね」
「なら、百時間トイレ掃除するのと一時間ゲーム実況するのとで、同じ貢献度やと思うか?」
「うーん、なんか違和感があるなぁ・・・」
「じゃあ、時給十億円の金持ちと比べてみればどうや?」
「そんな人いるの?」
「世界一の金持ちはもっと稼いでるで」
そうなんだ。あとで、世界一の金持ちの時給を検索してみよう。
「十億円を時給千円で割ったら・・・えっと・・・百万時間?」
「そや。なら、その金持ちは百万時間トイレ掃除するのと同じくらい貢献したと言えるんか?」
単純に比較はできないけれど、なんとなく違和感はある。でも・・・
「でも、たとえばコンピューターを発明した人がいれば、その人は世界規模の貢献をしたことになるわけだし、ずっと時給十億円くらいもらってもおかしくないのかも」
「ほな次はコンピューターを発明した人を検索してみ? 何人も名前が連なって出てくるわ。発明っていうのはな、誰か一人が突然閃くようなもんではない。先人の積み重ねがあってはじめてできるもんなんや。そのうち誰がどれだけ貢献したかなんて、測りようがあるか?」
「でも、特許とかあるじゃん? あれは、その人が発明したっていう証拠じゃないの?」
「ほな特許を与える側の人は、ぜったいに間違いのない発明者判定機でももってるんか?」
そうか。そんなものがあるはずがない。
「要するにな。そもそも貢献度なんかを測定することが無理やねん。でも、お金はあたかも測定しているような見かけを生み出す」
「見かけ?」
「つまり、こう言い換えられるねん。『お金は、貢献度を測定しているのではなく、貢献度を決定している』とな」
ニケは哲学者だからか、気取った言い回しをすることがある。中学生にもわかりやすく説明してほしいものだ。
「つまり・・・どういうこと?」
「こう言えばわかりやすいやろか。『お金は貢献度を測定している。貢献度とはその人の受け取るお金によって決定される』と。こういうのをトートロジーって言うねん」
「なら、お金を稼いでいる人が尊敬される理由は、『お金を稼いでいるから』ということ?」
「せや。それ以上でも以下でもない。そして、『お金を稼いでいるから社会に貢献している』という勘違いが蔓延した結果、逆の勘違いも蔓延した」
「『お金を稼いでいない人が、社会に貢献していない』と勘違いされるようになった?」
「そう。実際は、給料の低い人たちの方が、はるかに重要な仕事をしてる。農家や保育士、トラック運転手が一斉にいなくなったら大混乱やけど、公園で保険を売りつける人がいなくなってもなんか困ることがあるか? 政治活動に携わる人は、低賃金で経済活動に携わる人が生み出した富を搾取してるだけなんや」
スーツ姿の女性はまた別の女性を探してウロウロしていた。どうやらさっきの母親には断られたらしい。
「でもさ、あの人も頑張ってるじゃん? そんな風に悪く言うのはかわいそうじゃない?」
「その通り。かわいそうやねん」
「え?」
「ええか。無駄だろうがなんだろうが、みんなが穴掘りゲームで競い合ったなら、そこで勝ち残るのは大変や」
「たしかに、みんなが穴掘りを練習して上手くなるなら、自分ももっと練習が必要になるだろうね」
「そう。それに穴掘りゲームをやめたら自分が飢えて死ぬ。だから穴掘りゲームをやめられないのは仕方ない。でも・・・」
「でも?」
「だからといって穴掘りゲームが社会に必要やとは言われへんやろ?」