本当にお金のため?

「どや? ベーシックインカムで環境問題も、犯罪も、いじめも、パワハラも、企業の不祥事も、消える。こんなにポテンシャルのある解決策を試さへんなんて、あほらしくないか? 他のやり方で散々いままで失敗してきてるのに」

「でもさ、ベーシックインカムのメリットをいくら並べても、誰かが必要最低限は働かないと絵に描いた餅だよね?」

「ん? どういうことや?」

「もし誰も働かなくなって食べ物がなくなるのなら、さっきまでのメリットも意味なくなるよね?」

「あぁ、せやな」

「お金が配られてもみんなが必要な仕事をするなんて、やっぱり信じられないよ。みんなお金のために働いているわけなんだし、お金が配られればずっと家でゲームしたり、海外ドラマを観たり、コタツでみかんを食べてたりするんじゃない?」

「あんな、そういうところが中二病やねん」

「どういうこと?」

「人間は怠惰で利己的でワガママやと決めつけるのがカッコいいって思ってるやろ?」

「いや、別にそういうわけじゃ・・・」

「斜に構えといたら、なんとなく頭良さそうに見えるもんな?」

「いや・・・」

「はっきり言うで。そういうのはもうダサい」

「え?」

「おまけにキモい」

「は?」

 なにもそこまで言わなくても・・・。僕は少しムッとなって、ニケに言い返した。

「平日の昼間から中学生相手に公園で説教垂れてるニートの方がダサくてキモくない?」

「せやな。少年、痛いところ突くなぁ」

 ニケは笑いながらあっさりと認める。僕は拍子抜けして笑ってしまった。どうやらニケにはプライドってものがなく、誰がなにを言おうが気にしないらしい。まぁ、そうでなければ五十歳になるまでニートができるわけがないのだけれど。

「冗談や。それに仕方ないねん。この世の中では中二病が蔓延してるからな」

「え? そうなの」

「せや。人間が怠惰で利己的でワガママっていう考え方が蔓延ってる。有名人が環境問題解決のために活動してたら、みんなどう反応する?」

「どうだろう?」

 環境保護に熱心な有名人は定期的に見かける。なんだか説教くさいし、嘘くさいし、どこかお金の匂いがすると、僕はいつも感じている。

「褒める人もいるだろうけど、『本当に環境のため? お金のためなんじゃないの?』と勘繰る人も多そうだね」

「そう。でも想像して欲しいねん。その有名人が『実はお金のためでした』って発表したらどうなる?」

「なかなかない状況だけど、言ったとすれば叩かれるだろうね」

「せやな。でもな『本当にお金のため?』と疑う人はおらんのちゃうか?」

「そりゃそうでしょ。実際にそうなんだろうし」

「でも不思議じゃないか? なんで『本当にお金のためか? なにか裏があるんじゃないか?』と勘繰る人はおらんねやろな?」

「それは・・・どうしてだろうね?」

「まるで金儲けのために環境保護活動することが正しいことって言われてるみたいやないか?」

「そう・・・かな?」

「せや。でも、そもそも『真の理由はなにか?』という質問が間違ってるねん」

「え?」

「『真の理由』っていうのはそもそも存在せん」

 またニケは身も蓋もないことを言う。

「出たよ。ニケお得意の、質問そのものを台無しにするパターンじゃん」

「必殺技みたいやろ? でも、哲学者ってこういう仕事なんやで」

「自称哲学者のくせに」

「まぁええがな。ところで、さっき少年は飢えた子どもがいたらお菓子を分けるって言ったな?」

「うん」

「それはなんのためや?」

 なんのため? 理由を聞かれると答えるのはむずかしい。

「うーん、かわいそうと思ったからだし、冷たい奴と思われたくないからでもあるかな」

「じゃあ、その子が大きくなって金持ちになったときに見返りをもらうためではないんか?」

「いやぁそんな風には考えないだろうけど・・・」

「どうやって証明する?」

「そう言われたら、ちょっとくらい期待していたような気もするなぁ」

「その理由って、いま俺に言われて思いついたやろ?」

「え?」

「俺が質問するまで、少年の中に理由なんて存在してたか?」

 そう言われれば、いちいち理由なんて考えていなかった。子どもが飢えているなら、お菓子を与えたいと思った。それ以上でも以下でもない。

「わかったやろ。理由なんて曖昧で、適当で、後付けなんや。『真の理由』なんか、言ったもん勝ちやねん」

「なるほどね。で、それが中二病の話とどう関係があるの?」

「俺はな、なんでもかんでも金を『真の理由』だと認定する考えを中二病と呼ぶわけや。それに対して、アンチワーク哲学は行為の理由を別の角度から説明する」

「別の角度?」

「そう。『人間はなぜ行為するのか?』という問題についてもっと根本的な説明をするんや」

「なにそれ? いま『理由なんてない』ってニケが言ったばっかりじゃん」

「まぁ焦るな。哲学っていうのは結論を急がずに、一歩一歩積み上げていくもんやねん。まず、考えなあかんのは・・・そもそも行為ってなんやと思う?」

「行為・・・」

 知っているつもりだけれど、言われてみれば説明がむずかしい。

「まぁ、考えたこともないやろから、さっさと進めるで。行為とは『変化を起こすこと』や。人間は変化を起こすことを欲望するんや」