お金はコスパが悪い

「暴力を使おうが、お金を使おうが、命令されたら人のモチベーションがさがりがちなんやったな」

「そうだね」

「だから、少年がさっき『どうしてお願いしなかったんだろう』って疑問を抱いたのは正しかった。お願いされたときの方が人はイキイキと行為するもんやねん。ティッシュのときがそうやったやろ?」

 ニケにティッシュを渡したときの気持ちを思い出す。そう言われれば、うっすらと役に立てた喜びを感じていたような・・・

「なら、少年が言うように、お願いによってお互いに貢献し合った方が効率的かもしらへん。いまの社会はお金を介してお互いに貢献を命令し合っている社会なわけや。お金はモチベーションをさげてしまう傾向がある。なら、はじめからお金抜きにしてお願いした方が高いモチベーションで貢献し合えるんとちゃうか?」

 お金抜き? そんな社会を想像したことは一度もない。お金抜きの社会がどうなるかはわからないけれど、とにかくむずかしそうだということはわかる。

「さすがにそれは無理があるんじゃない?」

「心理学者に聞いてみたらええわ。お金をちらつかせたらモチベーションがさがって生産性がさがるし、逆に自発的な行動の方が生産性が高いって話を聞かせてくれるはずや」

「そうなの?」

「アンダーマイニング効果とか自己決定理論ってやつや。また検索したらええわ」

「検索するキーワードが増えすぎてもう覚えられないよ」

「調べたい言葉だけ調べたらええ。要するに、欲望や力への意志っていうのは命令を受けていない純粋な状況の方が機能するってことや」

「だからお金がない方がいいって言いたいの? それは暴論じゃない?」

「よく考えてみ? 街を歩いたら銀行がいくつも建ってるやろ?」

「うん、それがどうしたの?」

「銀行でどれだけの労働と資源が浪費されてると思う?」

「えっと・・・」

 考えたこともなかった。あまりにも当たり前の光景だったから。

「銀行だけやない。レジ。コンビニのATM。券売機。現金輸送車。警備員。株式市場。仮想通貨。クレジットカード。消費者金融。ポイントカード。電子マネー。保険。年金。税金。為替。『お金の稼ぎ方』に関するビジネス書やセミナー。最近は学校でも投資を習ったりするんやろ? こういったものに捧げられている人間の労働と資源をぜんぶ集約したら、火星をテラフォーミングするくらい簡単にできるんとちゃうか?」

「テラフォー・・?」

「ともかくな、人間は社会全体でお金の管理に膨大な手間をかけてる。お金がなくなれば、これらの手間はぜんぶ必要なくなる。それだけの手間を補って余りあるほどのメリットがお金に本当にあるやろか?」

 お金にメリットがあるか? 考えたこともなかった。でも・・・

「そもそもお金がなくても人は貢献を欲望する。お金はモチベーションをさげる効果がある。人類社会全体でお金の管理に膨大な手間がかけられている。なら、こんな風には考えられへんか? お金はコスパが悪いとな」