規模の経済について

 アンチワーク哲学では支配や命令を排除するためにベーシックインカムを主張しますが、一方で、現代のグローバルサプライチェーンが支配や命令によって効率的に稼働しているという側面も無視できません。材料を中央アフリカで採掘し、部品をドイツから取り寄せて、中国製のコンテナで運び、日本製の機械を使い、台湾で組み立て、アメリカで売るといった仕組みは、低賃金にも文句を言わずせっせと命令に従う労働者たちが成り立たせていることは事実でしょう。これを自由な貢献によって代替することが可能かどうかはわかりません。それに、ジャンルや組織規模によって最適な方法は異なるはずですから、すべてに適用できる万能ツールのような方法があると期待すべきではないでしょう。

 しかし、そのためのヒントやパイオニアとなる組織がないわけではないのです。組織モデルについて研究するフレデリック・ラルーは、彼が「ティール組織」と呼ぶ権力や支配を一切排除した自律的組織がグローバルに展開している(かつ高い生産性を誇っている)事例をいくつも紹介しています。

 ティール組織においては、すべてのスタッフが互いを信頼し合い、それぞれ自発的に行動する権限を持ちます。金銭による賞罰をちらつかされることはなく、すべてのスタッフが無条件で生活における必要額以上を受け取ります。他にもさまざまな特徴がありますが、ともかくスタッフを無条件で信じる勇気を持つことの重要性をラルーは繰り返し強調します。そこで働く人々のモチベーションが高く、幸福であることは想像に難くありません。

 人間は信頼されれば信頼に足る人物として振る舞う傾向にあることを心理学者はとっくに発見し、「ピグマリオン効果」と名前をつけています(逆は「ゴーレム効果」と呼ばれます)。しかし、その発見は、ティール組織を風変わりな例外として歯牙にも掛けない現代社会においては、有効活用されているとは言えません。

 ベーシックインカムとは、ピグマリオン効果を社会全体に適用させるシステムとも言えます。全人類を信頼し、自由に行動できるお金という権限を与えること。このようにすれば、ティール組織が成功しているように、人類全体が成功できると考えます。

【参考文献】

フレデリック・ラルー『ティール組織 マネジメントの常識を覆す次世代型組織』英二出版