第一章 BIの二つの流派
ベーシックインカム(以下、BI)で、あらゆる問題が解決すると大言壮語を吐いた後で申し訳ないが、BIならなんでもいいわけではない。ひとくちにBIと言っても、既存の社会保障を一切無くしてしまうケチ臭いパターンから、社会保障をそのままにしながら追加でばら撒く太っ腹なパターンなど、様々なバリエーションが存在する。賛成派も反対派も、論者によって思い浮かべる制度はバラバラであり、その結果、BIに関する議論は永遠のすれ違いに発展するケースが多い。有益な議論には、前提条件を揃えることが欠かせない。まずは、BIを分類したあとで、私がどのバージョンを支持しているのかを明らかにしよう。
■孫正義や前澤友作にも配るのか問題
一般的にBIと言えば、孫正義や前澤友作といった大富豪から、段ボールハウスで年末年始を過ごすホームレスまで、日本国籍を持つ全員に一定金額を支給する制度を意味する。だが稀に収入額が一定以下の貧困層にだけ配る生活保護の延長のようなBIを想定する人もいる(所得制限ありのバージョンと区別するために、全員に配るバージョンを「ユニバーサルベーシックインカム」と呼ぶケースもある)。
まず初めに明らかにしたいのは、私が想定するのは、孫正義や前澤友作も含めた全国民に支給するタイプのBIである。大富豪たちはBIがなくとも豊かな生活を過ごせることは明らかだが、それでも線引きをすることによるデメリットの方が大きいし、そもそも線引きをするなら、それは生活保護であると私は定義する。ひとまず本書では全国民に支給するタイプのBIを想定していると、ご理解いただきたい。
■財源はどうするのか問題
次に混乱の種になるのは財源である。月七万円程度のささやかなBIであろうが一億二千万人に配ろうと思えば、追加で約百兆円の金が必要になる。これをどのように調達するかが、最大の焦点の一つである。ここでは大きく分けて二つの考え方がある。
一つ目は、現在の税収(と社会保障費)+増税でやりくりするパターンだ。これを便宜上「緊縮型BI」と呼ぼう。おおむね、生活保護費や年金、雇用保険、健康保険などを削減したり、関連する公務員をクビにしたりして、それでも足りなければ何らかの税金で賄うという考え方である。二つ目は、国債発行を利用するパターン。こちらは「積極財政型BI」と呼ぼう。自国通貨を発行している日本は財政破綻することはないので、適度なインフレに収まる範囲内で国債を発行し、中央銀行に買受させればOK、という考え方である。要するに「金を刷ればOKという考え方」という大雑把な理解で問題ないだろう。
さて、財源の問題は、そのまま社会保障の問題に直結する。
■既存の社会保障はどうするのか問題
年金や健康保険、雇用保険、生活保護といった既存社会保障の代わりとしてBIを支給して一本化するのか。あるいは、既存の社会保障はそのままにBIを上乗せするのか。あるいはその中間か。緊縮型BIは、既存の社会保障をカットするパターンを想定する(というか、そうしなければどう考えても税収が足りないので当然である)。それに対して、積極財政型BIは、既存の社会保障の大部分を残した上で、さらにBI支給するという考え方である(そうでないのなら、わざわざ通貨を発行する意味がないので、これまた当然である)。
■金額はどうするのか問題
さらに金額の寡多である。月七万円なのか。十万円なのか。十二万円なのか。それ以上なのか。もっと言えば成人だけに配るのか、子どもも含めて配るのか、といった点も争点となる。さらに、この点はあまり議論されないのだが、金額を固定するパターンなのか、物価に合わせて変動させていくパターンなのかも、検討の余地がある。ただ、この点についても緊縮型BIは、ぎりぎりの税収でなんとかやりくりしようとするため、月七万円程度で子どもには支給せず、インフレを考慮しないようなケチケチしたBIを想定しがちである。その一方で積極財政型BIは月十万円以上で子どもにも支給し、かつインフレ調整も行うような太っ腹なBIを想定する傾向にある。
■ここまでのまとめ
ここまで制度設計に関する流派の違いを確認してきたが、大きく分類すれば考え方は2つに分けられることがわかる。
1.緊縮型BI
現在の税収+増税によりBIを賄おうとする考え。通常、年金や医療、雇用保険などの既存の社会保障の大部分をカットして、BIに一本化することが想定される。また、金額は固定しようとする傾向にある。
2.積極財政型BI
国債発行によって財源を確保し、BIを賄おうとする考え。年金や医療、雇用保険などの既存の社会保険の大部分を残しつつ、BIを上乗せ支給することが想定される。またインフレに合わせて金額を調整する傾向にある。
もちろん、この二パターンの中でも金額の寡多や「どの社会保障を残して、どの社会保障を残さないか」といった点では意見が別れるものの、おおむねこの二つに大別されると見て問題ないだろう(逆に、やりくり主義で社会保障を残そうとする人や、通貨発行主義で社会保障を全カットしようとする人はいない。前者はそもそも金が足りないし、後者はそんなにケチケチするなら通貨発行する意味がなくなるからだ)。
さて、緊縮型BIと積極財政型BIとは似て非なるもので、どちらを採用するかによって生じるデメリットは大きく異なる。一応ハッキリさせておくと、本書で採用するのは積極財政型BIの立場である。その理由は自ずと明らかになっていくはずなので、それぞれのパターンを分析することを優先する。続いては、それぞれのパターンのデメリットを見てみよう。
■緊縮型BIのデメリット1 社会保障のないディストピア
緊縮型BIを極限まで突き詰めたパターンであれば、医療保険や年金、生活保護費、雇用保険などは全てカットされて月七万円かそこらのBIが支給されることになる。例えば医療保険制度がなくなってしまえばどうなるか? 現在、国民皆保険制度によって私たちの医療費の自己負担割合は三割だが、それが十割になる。これでは満足に病院に通えない人がたくさん出てくるだろう。
あるいは、年金制度や生活保護制度が廃止されてBIに一本化されれば、年金受給者や生活保護受給者の実収入が月七万円程度までさげられる。働く能力がないとされる人々は、当然それでは生きていけないわけだが「BIを配っているので、あとは自己責任ですよ?」と突き放されることになる。
BI反対論者の一定数は、このパターンを想定してBI批判を行う。つまり「貧乏人は病院に行けないようなディストピアになってもいいのか?」「生活保護受給者が路頭でのたれ死んでもいいのか?」というわけだ。もちろん、それでいい訳がないので「ほれみろ、BIなんて夢物語なのだ!」と結論づけることになる。
■緊縮型BIのデメリット2 大増税時代
社会保障をある程度残すパターンで、やりくり主義を唱えるとなると、必然的に大増税時代が訪れることになる。当たり前の話だが、月七万円のBIをもらって月七万円の税金がとられるなら、何の意味もない。故に「社会保障をカットしないとすれば、大増税で何の意味もないぞ!」とBI反対派は主張することになる。「金持ちや企業から取れ」という声もあるわけだが、それに対してはBI反対派は、「金持ちや企業が国外に逃げて国内産業が崩壊する」「経済成長が止まる」という反論を行うことになる。
さて、ここで私見を挟むとすれば、私は金持ちや企業からある程度取っていいと思っている。なぜなら、トマ・ピケティ『21世紀の資本』によれば、最も法人税率が高かった時代こそが最も経済成長を果たした時代であり、先ほどのBI反対派の主張には根拠がないからだ。とは言え、増税だけで賄うこともむずかしいと感じており、不足分は通貨発行によって賄うべきだと考えている。つまり私は、根本的には積極財政型BIである。
では、続いて、積極財政型BIのデメリットについても確認していこう。
■積極財政型BIのデメリット インフレ
当然、BI賛成派は「病人や年寄りは野垂れ死ねばいい」とか「七万円のBIのために全員から七万円徴収すればいい」などと主張することはない。となると積極財政型BIに走ざるを得ない。が、これも当然デメリットは想定される。
積極財政型BIにおいて想定されるデメリットはインフレに尽きる。自国通貨を発行できる日本は、いくら借金が嵩もうとも刷って返済することが理論上は可能であり、財政破綻することはあり得ない。だが、好き放題、通貨を発行すれば当然インフレリスクが高まる。BI賛成派は「ある程度はいけるやろ!」と主張するわけだが、反対派は「いや無理やろ」と主張する。つまり、BI賛成派と反対派の議論の争点は次の点に集約される傾向にある。通貨を発行すればインフレするのか、それともしないのか?