労働は健康被害を引き起こしているのか?

 ブラックの労働批判は次第に激しさを増していく。たとえば、健康被害の大半もその原因は労働であると、ブラックは主張する。

 労働とは大量殺人か大量虐殺なのである。直接的であれ間接的であれ、労働はこの文章を読む人の大半をも殺害するだろう。この国では年間一万四千人から二万五千人もの労働者が、労働中に殺されている。二百万人以上が障害を負わされている。二千万人から二千五百万人が、毎年負傷している。(『労働廃絶論』p35)

 自動車事故の犠牲者の大多数は、労働にまつわる義務を行っている本人であるか、彼らと衝突した人物である。増え続ける死者数には、自動車産業に由来する公害の犠牲者や、労働に起因するアルコール中毒者や薬物中毒者の犠牲者も、さらに加算されなければならない。ガンや心臓病も、直接的であれ間接的であれ、通常は労働に起因する現代病である。(『労働廃絶論』p36~p37)

 ここでは、少しブラックは感情的になっているようにみえる。さすがに、自動車事故の大半を労働のせいと言い切るのはミスリードだと言わざるを得ない。ブラックは労働を「強制された苦役」および「義務的生産」と定義している。そのため、ブラックが理想とする労働が廃絶された世界でも、自発的にトラックを運転して木材を運ぶ人物が一定程度存在することが想定される。必然的に、自動車事故もある程度は残り続けるはずだ。また、あたかも労働が廃絶されれば心臓病やガンも撲滅されるかのような書きっぷりからも「やりすぎ」感がぬぐえない。

 それでもブラックの指摘には耳を傾ける価値がある。労働がこれらの発生確率をあげていることは疑いようがないからだ。人々が必要とする商品を運ぶトラックが事故を起こしてしまうなら、まだやむを得ないと納得できる。だが、一度も着られることなく捨てられる服を運んだり、ブルシット・ジョブが執り行われるオフィスビルの建築資材を運んだりするトラックが事故を起こすならいたたまれない。労働が廃絶されるなら、こうした無意味な目的にしか奉仕しないトラックは減っていき、事故も減るだろう。

 また、労働のストレスによって精神病を患ったり、暴飲暴食の果てに体を壊したりするケースも多いはずだ。さらに言えば労働以外の生きがいを奪われ続けた会社員が定年退職後に早急にボケてしまい早死にするという事態も少なくないだろう。完全にガンや心臓病が撲滅されることはあり得ないが、少しずつ減っていくことは間違いない。